生理現象,生命現象を扱った微分方程式の多くは非線形です。 したがって,解析的な解が存在しないか,あるいは, 存在しても求めることが難しいことが多いです。 この非線形性がモデルの本質ではあります。 しかし,部分的には線形の微分方程式に還元できる場合もあるのです。 ここでは,そのような線形微分方程式の性質について見てみましょう。
非線形微分方程式の線形化
関数 f, g を未知とする非線形微分方程式系,

があるとします。この式の平衡点を
とします。
すなわち,

を満たすものとします。このとき f(x,y) を平衡点の近傍で線形化することを考えます。 f(x,y) を平衡点の近傍でテーラー展開し,

同様に g(x,y) についても,

として,高次の項を無視します。 以上より,平衡点におけるヤコビ行列

が定義できるので,

を得ます。以下では,この連立微分方程式系を解くことを考えてみましょう。
定式化
ロトカ・ヴォルテラ方程式の捕食者と被捕食者との関係を, 連立微分方程式(微分方程式系ともいう)としてとらえます。 x1, x2 という 2 種類の動物を考え, この動物間で共存,競合などの関係が生じると考えます。 するとこれら 2 種の個体数の時間変動は,


と表わせます。
,
,
,
と行列表現すれば,上式は

と書くことができます。
実は,この考え方は重要なのです。今,線形とは限らない微分方程式系

を考えます。
f を平衡点,
つまりすべての t に対して
をみたす点
の近くでテイラー展開し,一次の項までとれば,
(4)になるわけです。
さて,(4)の右辺を見てみると,
この行例
は,
を線形変換

によって,写像することだと考えることができます。
この様子をみるために,実際に
と
とを実際に,
上に描いてみましょう。
それには,ベクトル
を原点 O から座標 x1, x2 を持つ点 P
に向かう矢線と考え,
終点 P からベクトル
に対する矢線を惹くと分かりやすいです。
たとえば,

としてみましょう。
に対して点
に注目します。次に,
に対応する矢線 OQ を描きます。
最後に,OQ の始点が,点 P にくるように OQ を平衡移動します。

このようにしてできた
上の軌道,曲線のことを
の相曲線といったりします。
このようにして,
上の各点に対してベクトルを描き入れるとベクトル場が描けます。

ところで,原点
は常に微分方程式(2)の解となります。
したがって,原点
も(2)の特別な軌跡と考えることができます。
このような点は,微分方程式の平衡点,または特異点と呼ばれます。
一般に,軌道が描かれる平面
は微分方程式(2)の相平面と呼ばれます。
相平面は,微分方程式の解曲線で隙間なく埋め尽くされていますが,
その曲線は交わることはありません。
行列の指数関数
微分方程式 dx/dx = ax の解は,初期値を x0 とすれば, x(t) = x0eat と表わせました。 今度は微分方程式系


とおいてみます。指数関数
は,テーラー展開を使って,

でしたね。
ちょっと脱線,テーラー展開はでしたねー。![]()
とにかく, このように指数関数はべき級数に展開できるのですから, (9)のまねをして,

とおいてみます。ここで
は単位行列です。
右辺の級数は次ようのな行列です。いま

の
の要素を

と書いておきます。
(12)の右辺第 k 項は 2×2 行列

ですから,この式の
要素は t のベキ級数

ただし

です。
この級数は任意の実数 t に対して収束することが示されます。
そこでこの
要素を行列
と定義することにします。
これを行列
の指数関数と呼ぶことにします。
これは次のような性質を持ちます。

練習問題

の解を求めてみましょう。



などとなるので,

これにより解
は,

となります。
ちなみに,


とおくと,

となります。つまり,

と表せるわけです。行列
は,

となるので,オイラーの公式

の行列バージョンということができます。
固有値と固有ベクトル
線形微分方程式系

を実際に解いてみましょう。たとえば,

は,任意の実数 λ によって

が成り立ちます。一般に線形変換
に対して(37)を
みたすベクトル
が
のなかに存在するとき,
実数 λ
を線形変換
の固有値,そのときの
を固有値 λ に対する
の固有ベクトルと言いましたよねー。
一般に,行列
が 2 次の正方行列であれば,

の場合

が必要十分条件です。この場合, (a - λ)(d - λ) - bc = 0 すなわち,

の根を固有値 λ と言いました。(40)を線形変換
の特性多項式と言ったのでしたね。
行列
の固有値は次のようにして求めたのでした。


だから,固有ベクトルは方向さえ表せれば良いので,たとえば
となります。
同様にして,λ2=3 に対応する固有ベクトルは,
となります。
固有値は,線形微分方程式系の安定性と関係があります。 固有値は,その固有値に対応する固有ベクトルの方向に状態点の動きの速さを示すことになるからです。 上の例では,固有値が正なので,軌道は原点から離れていく不安定ノードになります。

実習
次の各式を解いて,固有値を求め,対応する固有ベクトルを求めてください。 同時に,グラフを描いて固有値とグラフとの関係を考察してください。
問題 1

鞍点:
特性多項式は,
ですから,固有値
,
,
を得ます。
問題 2
安定結節点

問題 3

問題 4

問題 5

問題 6

問題 7

問題 8

問題 9

ただし,λ < 0
問題 10

ただし,λ > 0
問題 11

問題 12

問題 13

問題 14

問題 15

問題 16

問題 17

問題 18

以上をまとめると, 固有値が 2 つとも正のとき,2 つとも負のとき,正と負のとき, 複素数で実部が正のとき,実部が負のとき,実部が 0 のとき, などに分けて考えることができます。
ヴォルテラの原理
捕食者と被食者の個体密度は周期的に振動し,その振幅と振動数は初期値に依存して決まります。
しかし,個体数の時間平均は一定であり休止点
に等しくなります。すなわち

ここで T は解の周期とします。

ですから,両辺を積分して

すなわち

を得ます。x(T)=x(0) より

となります。x の時間平均についても同様に
が成り立ちます。
以上により,ダンコナの疑問,なぜ戦争はサメを好むのか, サメなどの捕食者の個体数が, 戦争前よりもかなり高くなっていたことに対する答えの準備が整いました。
漁師による漁業活動は,被食者の増加率を減少させます。 a の代わりに a-k になるわけです。 同時に捕食者の減少率を増加させる c の代わりに少し大きな値 c+m になります。 しかし相互作用を表す定数 b, d は不変です。 従って,漁師による漁業活動が中断されている場合と比べて, 捕食者の個体数の時間平均は (a-k)/b で少し小さくなり, 被食者の平均は (c+m)/d で少し大きくなります。 戦争により漁業活動が中断されている間,この逆のことが起こり,捕食者は増加し, 被食者は減少したというわけです。
リヤプノフ関数
ロトカ・ヴォルテラ方程式が安定であるための1つの十分条件は リアプノフ関数 Lyapunov function, V(x,y) が存在することであるとされます。 逆に言えば,リアプノフ関数を見つけることができれば,その力学系は安定です。 前出のロトカ・ヴォルテラ方程式

のリアプノフ関数は,以下のとおりです。

この場合のリアプノフ関数 V(x,y) は時間とともに変化せず, 状態点は V(x,y) の等高線をたどりながら動きます。 すなわち一周すればかならず元に戻ります。 このようにシステムの状態の関数であって, 時間変化にともなって増えも減りもしないものを保存量といいます。 平衡点のまわりからずれていたとするとシステムの挙動は, 別の軌道に移り,平衡点には戻らりません。 しかし遠くには慣れてしまうわけでもありません。 このような平衡点は 中立安定 といわれます。
リアプノフ関数を見つけることは必ずしも簡単ではありません。 しかし,見つかればシステムの安定性解析に役立ちます。

ロトカ・ヴォルテラ方程式のリヤプノフ関数 a=1, b=0.002, c=1, d=0.02
種内競争を持つロトカ・ヴォルテラ方程式
もし,捕食者がいなければロトカ・ヴォルテラ方程式(2) の被食者は



を考えます。 この場合周期解になるとは限りません。 パラメータのとり方によってはある種が絶滅する場合もありえます。 一例を下図に示します。

種内競争をもつロトカ・ヴォルテラ方程式
実習
それでは実習です。
java LotkaVolterra2
してください。 上の図を描くシミュレータが起動します。 a, b, c, d, e, f のパラメータ, 及び初期値 x, y を変えて遊んでみてください。
アイソクライン
このときの
の平衡点を解析するために少し変形してみましょう。
x=0, y=0 すなわち両個体がいないときには変化がないのはすぐ分かります。
それ以外は,
傾き 0 の
アイソクライン
isocline (iso とは「同じ」という意味であり,cline とは「傾き」という意味)

と,同様に
のアイソクライン

を考えます。
この二直線の交点が平衡点となる。平衡点の座標は
となります。
このとき x と y との増減は以下の表のようになります。
![]() |
![]() |
|
---|---|---|
![]() |
x, y とも減少 | x は増加,yは減少 |
![]() |
x は減少,y は増加 | x,yともに増加 |
すなわち,アイソクライン線の上下で x と y との増減を考えることができるわけです。 この方法のことをアイソクライン法と呼んでいます。
ここで,パラメータをいじっていろいろ遊んでみましょう。
たとえば,a=8, b=1, c=-6, d=-1, e=1, f=1 を考えます。
この場合,
だけが安定な平衡点になります。
パラメータにマイナスを使っているので,
もはや捕食者,被食者と呼ぶのは正しくないかも知れません。
そこで x 種 と y 種と表現することにすると,この場合 y 種は滅びる。
最初にどんなに y 種の個体数が多くても
は不安定平衡点であるので y 種は生き残ることができないのです。
a=8, b=1, c=-6, d=-0.3, e=1, f=1 を考えます。 この場合,両アイソクライン線の交点が安定な平衡点になって, どのような初期値から出発しても (3,5) に収束します。すなわち x 種と y 種との共存が実現するわけです。
a=8, b=1, c=-10, d=-1, e=0.5, f=1 を考えてみましょう。
この場合,両アイソクライン線の交点は不安定平衡点になる。初期値によって
y 種だけが生き残る
か,x 種だけが生き残る
に収束する双安定になります。
このようにパラメータを変化させると,2 種の共存か, 競争によって 1 種だけが勝ち残ることが生じます。 たとえば,2 種のトカゲが多数の島に棲んでいたとしましょう。 気候条件や栄養状態, 島の大きさなどがほぼ同じであっても, 両種が生息している島がないとすれば, 競争関係のために共存できなかったと考えられるわけです。 そのため,環境の変動や個体数などのランダム性のため島の個体群が滅びることが起こりというわけです。
もう一つの安定なロトカ・ヴォルテラ方程式,リミットサイクル
ロトカ・ヴォルテラ方程式をもう少し現実的にしてみましょう。

というモデルを考えます。 オリジナルのロトカ・ヴォルテラ方程式からの変更点は, 以下のとおりです。
- 捕食者のいないときに被食者は無限に増殖することはせず, ロジスティック方程式に従って環境収容力 K に収束する。 これは y=0 とおけば確かめられます。
- 捕食者の摂食速度を
としたこと。 これは,餌が多いときには捕食速度は餌の量とともに増加します, あまりに多いと食べきれなくなるため飽和し,上限値 a/h を持ちます。
K が有限で h=0 であれば被食者の個体群を安定させる働きによってロトカ・ヴォルテラ方程式 の振動は止まります。

アトラクター
一方,捕食速度の飽和傾向だけを考慮すると K = ∞, h>0 システムは大域的に不安定になり,振動の振幅が時間とともに大きくなる。
この両方の効果が加わると 極限周期道(リミットサイクル) limit cycle が現れます。

リミットサイクル r=0.18, K=30.0, a=0.02, h=0.1, b=0.0504, c=0.25
実習
java LotkaVolterra3
してみてください。アトラクターやリミットサイクルが現れるパラメータを探してください。
殺虫剤に害虫の駆除は効果があるか
害虫 x と天敵 y を考え,

に殺虫剤の効果 -mx が加わったモデルを考えてみましょう。

殺虫剤を散布すると害虫 x は減るのでしょうか。 もちろん殺虫剤を散布すれば害虫の数は減ります。 ところが(28)の平衡状態を調べると m があっても平衡状態は変化しないことが分かるのです。 つまり害虫の増殖率を下げる効果が天敵 y のレベルを下げ, その結果,害虫の増殖率を上げるように働く効果があるのです。 これらの効果が打ち消しあってしまいます。
実際には,殺虫剤の効果 m は,天敵 y の生存率も下げるでしょう。 すると(28)の右辺にも -my という項を付け加えるモデルが考えられます。

この場合,殺虫剤の散布はかえって害虫 x の個体数を増加させてしまいます。 このように, 殺虫剤の散布がかえって害虫の個体数を増加させてしまうことはしばしば見られることなのです。 害虫が突然変異によって殺虫剤への耐性を進化させたと考えるよりも, 案外こういうところに原因があるのかも知れません。
ロトカ・ヴォルテラモデルの拡張
捕食者と被食者が多様な生態系では,ロトカ・ヴォルテラ方程式の多変数拡張が 用いられます。

種間の相互作用 aij は,i 種が j 種の捕食者であるなら
a
たとえば,光合成によって有機物を作る植物は生産者と呼ばれ,それを食べる 一時消費者(草食動物),さらにそれを食べる2次消費者(肉食動物)というように 多様な生態系が形作られます。 この(31)の安定性解析を行うことで,現実の生態系の実体に近づくものと思われます。
参考文献
- カール・シグムンド/冨田勝監訳. (1996). 数学でみた生命と進化. 東京: 講談社ブルーバックス.
- バージェス, & ボリー著/垣田,大町訳. (1990). 微分方程式で数学モデルを作ろう. 東京: 日本評論社.
- ホッフバウアー, & ジグムント/竹内康宏,佐藤一憲,宮崎倫子訳. (1998). 進化ゲームと微分方程式. 東京: 現代数学社.
- 佐藤總夫. (1984). 自然の数理と社会の数理 I,II. 東京: 日本評論社.