注意の方向付け Michel Posner m001(佐久間) バートレットは,思考を "point of no return”と彼が呼ぶ (弾道学的な,訳注:サッケード眼球運動の)軌跡の特質を示す高次な技能であ ると述べた.本論文では,凝視点以外の視空間の任意の位置へ注意を払うよう に要請されるという,簡易な課題を用いて認知の一側面を探索する.刺激検出 時,十分なまでに瞬間的な変化という用語を用いて,その(訳注:眼球運動の) 軌跡が視野内を横切る際に追跡可能な,同期した時間として外的な事象と見な されうる(訳注:注意の)方向付けによって,これ(訳注:認知の一側面, "point of no return”)が実行される.覚醒時のサル,脳損傷患者,健常者か ら得られた結果を比較することによって,サッケード眼球運動と,知覚運動を コントロールする様々な脳内システムとの関係が示される.バートレットの洞 察によれば,感覚入力に対する注意の方向付けと,思考において用いられる意 味構造への方向付けと類似の原理が適用されうる可能性を探求する. m002(半田) イントロダクション フレッドリック・バートレット卿の著書である「Thinking」(Bartlett, 1958) は彼の人生の後期に書かれたものだ.広く知られてはいないが,彼の早期の著 作である「Remember」(Bartlett, 1932)は私にとても強い衝撃を与えた.な ぜなら「Remember」は私が読んだ最初の心理学に関する本だからだ.バートレッ トのテーマはシンプルでもあり力強いものだ.思考とは技能であり,過去に研 究されてきた行動研究の中で成功が立証されている技術で研究するべきだ.特 に,考えることはバットを振り回すことのようだ,というバートレットも例え た "point of no return" という言葉に衝撃を受けた.思考とは,一旦特定の 方向へ傾倒してしまえば,変えることのできない弾道学的な軌跡のようなもの だ. m003(伊藤) この考えが 1959 年にその心理学の文献(訳注:バートレットの本 のこと)を読んでいる人間にとって,とても刺激的であった理由を理解するの は難しいかもしれない.振り返ってみれば,想像力を捕えるということは,あ る思考を形成するというような隠れた心理的プロセスが測定されうるように十 分に具体的であるというアイデアでなければならなかったのである. 20年後 に,心理学者たちが視覚像の回転の速度を計る(Cooper and Shepard, 1973), あるいは,心の中にに蓄えられたリスト中の次のアイテムを読み取るのに必要 な時間を計る(Sternberg, 1969) といったようなとき,そのような研究の見込 みがバートレットの本を読んだ少なくとも1人において生じえた興奮をもどす のは難しい. m004(星野) 人間の認知に関するここ数年の研究は,人間の神経系が種の行動 においてどのように組織化されているのか,---特に文字を読むといった人間 特異な行動(LaBerge and Samuels, 1974; Posner,1978)について様々な同じ見 解が増えてきている.容量が限られている注意のシステムという見解が中心的 な特徴となってきている.ある者は,ある技能のアプローチは内的な注意メカ ニズムとは正反対であると主張しているが(Neisser,1976),バートレットと 同様,多くの者は,容量制限のメカニズムの重要性を想定している (Broadbent, 1977). m005(浅川) 最近の覚醒しているサル(Mountcastle, 1978; Wurtz and Mohler, 1976; Robinson, Goldberg and Stanton, 1978),脳損傷患者(Weiskrantz, Warrington, Sanders and Marshall, 1974),健常者(Posner, 1978, Chapter 7)の空間的注意の研究が,複雑な人間の認知の一つの重要な性質と,課題成績 の基礎となる神経系の研究と,の両者を関連付けるもっとも妥当なモデル系だ と思われる.視空間内の刺激に注意を向けることは注意の感覚に限定されては いるが,この研究は人間の認知の一般的なモデルとしての十分性を検査するこ とと,より複雑な人間活動において注意の役割について新しい洞察と,を提供 できると信じる.したがって,本論文では人間の空間的注意の実験結果と同じ トピックの動物実験との比較とに言及する.このモデル系において,もし人間 の成績と生理学的アプローチとの間に満足いく一致が産み出されるのであれば, より複雑なタスクでの注意の探求に用いられてきた心理学的方法に対して支持 が得られると思われる.加えて,人間の成績の研究により,異なる解剖学的構 造の研究に必要とされる(訳注:解剖学的構造の)統合へ向かう神経系の研究者 にとって助けになるかも知れない. m006(浅川) 定位付け. 私は定位付けと言う用語を感覚入力,あるいは,内部に貯蔵された記憶のある 意味構造へ,注意を割り当てるという意味で用いる.定位付けと言う用語はあ る反射(Sokolv, 1963) と密接に結び付いており,それは多様な自律神経系, 中枢神経系,暗次的な変化の所作である.しかしながら,定位付け反射は,注 意の割り当てと結果としてのある刺激の知覚とを区別するものではない. m007(佐久間) 検出. 私は方向付けと私が検出と呼ぶ認知行為の一つとを区別して用いる.検出とい う言葉で私は,ある刺激が一定のレベルに達したことを意味する.すなわち, 神経系において実験者の割り当てた任意の反応の存在を被験者が報告可能なレ ベルに達したを検出とする.これは(「私はそれを見る」)というような言語的 なものであるか,手を使う(反応キーを押すこと)ことかも知れない.検出とは 刺激に気づく,あるいは意識化することを意味する.方向付けと検出との区別 によって(サッケード眼球運動のような)ある反応がここで用いている意味で刺 激が検出される以前に,ある反応が可能となると言う命題を探求することが可 能となる.この区別から,正常な被験者がある刺激に対して眼を動かすが,あ る場合にはその刺激を報告することができないということが了解可能となる. あるいは,脳損傷患者が方向付けることができる事象を検出することに困難が 生じることを了解可能となるかも知れない(Weiskrantz, Warirington, Sanders and Marshall, 1974). m008(半田) コントロールの位置 これは外的なコントロールと内的なコントロールの方向づけを対比させること はとても重要なことである.もし,記憶への定位付けと外的刺激事象への定位 付けが共通する基礎をもっているのであれば,外的な刺激が無いときでも注意 を向けることができなければならない.また同様に,眼球運動は刺激入力によっ ても,生体内の検索プランの結果としても引き出されなければならない. M009(伊藤) 明示的な定位付けと暗示的な定位付け 最終的に,頭と目の運動において観察されうる定位付けにおける明示的な変化 と,ただ中枢機構だけによる純粋な定位付けとの間における区別をつけること は重要である.この区別をすることによって,眼や頭を動かすという明示的な 定位付け意外の方法によって,暗示的な定位付けを測定することができるに違 いない.人間の被験者であれば教示によって,ターゲットとなる事象の確率を 変化させることによって,あるいは適切な明示的運動によって,注意の方向を 操作することが可能である.定位付けが起こるかどうかを測定するために,さ まざまな空間的位置において生じた事象を検出する能力の変化が調べられる. 反応時間(Posner, Nissen and Ogden, 1978)のような心的時間計測(Posner, 1978),閾値検出(Remington, 1978),誘発電位振幅(Von Voorhis and Hillyard, 1977),あるいは,単一細胞の発火率の変化(Mountcastle, 1976)な どが,処理効率に従う測定として使われるうる. m010(星野) 実験的証拠をレビューする際に,定位付けと検出の定義,外的な 制御と中枢系による制御とを心にとどめておく事は重要である.証拠は 4 つ の主たる章で調べられる.一番目の章では,教示に従って周辺視野へ注意を向 ける被験者の能力が確立される.検出効率における促進性あるいは抑制性とい う両者の効果測定することによって,網膜の微細構造に対して暗示的な注意の メカニズム関係を調べることができる.第二章では,外部手がかりに対する注 意のシフトの時間的に同期によって測定される視野を横切る注意のアナログ的 な動きという考えを支持する.第三章は,注意の動きと明示的な眼球の位置と の間の関係を調べる.この章では,注意の動きと単一細胞の記録からの結果と 比較することが可能であり,知覚システムと運動システムとの関係を概説して いる理論間の区別をすることも可能である.第四章では,注意運動のコントロー ルにおける周辺刺激の決定的な役割を扱う.本論文の結論の部では,より複雑 な行動に対し,空間的注意における我々の結果の関係を調べる. m011(田代) 注意のシフト 空間的注意をシフトすることが視野内の位置へと眼球を動かす以上のこと含ま れているのかは明らかにされていない.確かに,誰も我々の眼球運動と注意の シフトとの間の密接な関係について議論した者はいない.それにも関わらず, 眼球運動とは無関係な注意のシフトができると推測されてきた.例えば,ウ゛ ント(1912, p.20)は注意から凝視している線分から注意の線分を分離すること が可能であると言及している.自然言語の中には,目の隅を見る能力について の記述があり,運動のコーチがプレーヤーに対して相手を混乱させるためにそ れを使うことを指導している. m012(浅川) 我々(Posner, Nissen and Ogden, 1978)は暗視野における輝度の 閾値増加が,被験者がどこに刺激が起こったのかを知っていたとき,どこに刺 激が起こったか知らなかった場合よりもよりも早く生じることを明らかにして きた.我々は,注意をチューニングすることで検出効率を測定,すなわち,視 野内の予期された位置と予期されない位置との刺激に対する反応時間の差位を 用いた.反応時間の差位が眼球運動の差位に依存するのではないことを確認す るために,EOG(訳注:Electro-Oculo-Graphy,眼球運動記録法の一つ。眼球の 角膜側はつねに+,_網膜側は−に帯電している(角膜 = 網膜電位 corneo-retinal potential)ので,電極を眼窩付近の左右こめかみ上,あるい は眼窩の上下に装着し,それぞれ水平あるいは垂直方向の眼球運動に伴う電位 の変化を導出し,直流増幅器で増幅し記録する。方法が簡単なので臨床場面で は好んで用いられるが,精度は最高で視角にして 0.5°程度なのでそれほどよ くない) を用いて眼球運動をモニターした.眼球が固定されたままであった試 行のみを用いた.暗示的な反応予測の要因を消去するために,どの位置に刺激 が起ころうとも,無関連な刺激位置の反応でも,一つだけのキー(単純反応時 間)を用いた.図 1 はある試行での一連のイベントを例示している.被験者に は+サインか,あるいは左右を指し示す矢印が提示された.もし+サインが提 示されたのならば,検出すべき刺激は凝視点の左右どちらにも同程度に生起し た.もし矢印が提示されたのならば 0.8 の確率で検出刺激が矢印の指し示す 方向に検出すべき刺激が提示され(valid),0.2 の確率で反対側に検出すべき 刺激が提示された(invalid).刺激が視野内のどこに生じるか知ることによる 利益と予想される位置と反対側に刺激が提示されるコストとを調べることがで きる. ------------------------ 以下作業中 ------------------------------------ m014(浅川) 我々は様々な課題における基本的な実験計画を試している.図 2 は valid 情報からの高い利益と invalid 試行における高いコストを示してい る.全ての課題においてコストと利益はおよそ同程度である.単純反応時間条 件では刺激の位置がどこであれ被験者がキーを押した際の反応時間である.選 択空間課題では,手がかりがより高い場合か低い場合かどちらかの反応時間で ある.単純反応時間課題においてと同様に,手がかりはほとんどの場合反応に ついての情報を与えはしない.記号課題では,ターゲットが文字か数字かどち らかに関する報告を含むものであった.選択課題では valid 条件においてだ けでなく invalid 条件においてもエラーが認められた.エラー率における手 がかりの効果は一貫して小さかったにもかかわらず,