- 天才とは99%の汗(パースピレーション)と1%のひらめき(インスピレ
ーション)である
- 成功というものは、その結果ではかるものではなく、それに費やした努力の統計
ではかるべきものである
- わたしは、実験において、失敗など、一度たりともしていない。これでは、電球
は光らないという発見を、今まで、二万回したのだ。
- 大半の人間は、もうこれ以上アイデアを考えるのは、不可能という所
まで行き着き、そこでやる気をなくす。いよいよこれからだというのに....
- わたしは、決して失望などしない。なぜなら、どんな失敗も、新たな一歩となる
からだ。
- 自然界の秘密を解き明かすのに、人間の理性に頼っていてはだめだ。大事なこと
は、頭の中に巣くっている。常識という理性を、丸ごと捨てることだ。
- アイデアは、宇宙空間から来る。信じられないことかもしれないが、事実である
、考えは空間に浮かび出る
- 最高の思考は、孤独のうちになされ、最低の思考は、騒動のうちになされる。
- 人間の最大の弱点は、諦めてしまうこと。成功の最善の方法は、もう一度試みること。
- わたしはただ自分の才能の限界を、生きている間にできるだけ押し開いてみようと努力しているだけで、決してたいした芸術家ではありません。ただひとつだけ芸術家であろうとして守ってきたことがあります。それは、家庭を捨ててから今までの間に、人生の分かれ道に立ったとき、必ず危険なほうを選んできたということです。そのためにいろいろ苦労もしました。けれど後悔したことはありませんでした。p.29より
- あなたが平凡な家庭を守り、平凡な人生を送りたいと思っているならば、分かれ道に立ったときに平穏な道を選ぶべきです。
そのほうが穏やかに暮らせますし、つらい思いもしないですむでしょう。
けれどももし、人よりもすばらしい世界を見よう、人の歩いたことのない道を歩いて、そこにある宝にめぐり逢おうとすれば、どうしたって危険な道、剣呑な道、こわい道を歩かねばなりません。
いつも断崖絶壁の淵に立って、こっちへ落ちれば身がこなごなになるかもしれない、あっちへ落ちれば獣に食われるかもしれない、そういう道を求めて歩くのが才能に賭ける人の心がまえではないでしょうか。p.42より
- あるときわたしは自分の多忙さに負けない方法を考え出しました。
どうせなにかの縁で引き受けてしまった以上、どの仕事も喜びをもって心からすすんでこなすのです。厭厭することには情熱は湧きません。情熱の湧かない仕事は成功するはずがありません。
仕事をはじめるとき、必ずこれはできる、うまく予想以上にできると自分に暗示をかけます。必ず成功するのだから嬉しいはずだと自分にいいきかせます。すると、やりたい気持ちが盛り上がってきて、肉体も精神もいきいきしてきます。その上、自分は仏に護られているという信をあおります。
そのせいかどうか、このときから、少々の紆余曲折はあっても、結果はいい成果を収めているのです。 p.223より
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ゆっくりとしか歩かない人でも、もしいつもまっすぐな途を取るならば、走
る人がまっすぐな途をそれる場合よりも、はるかに先に進みうる。(p.8)
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全ての良書を読むことは、それらの著者であるところの、過去の時代の
最もすぐれた人々との、いわば談話であり、しかも彼らがその思想の最上のもの
をわれわれに示してくれる、よく準備された談話である。(p.12)
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かくて私は、われわれあの自然の光(理性)を曇らせ、理性に耳を傾ける能
力を減ずるおそれのある、多くの誤りから、少しずつ解放されていったのである。
しかしながら、このように世間という書物を研究し、いくらかの経験を獲得しよ
うとつとめて数年を費したのち、ある日私は、自分自身をも研究しよう、そして
私のとるべき途を選ぶために私の精神の全力を用いよう、と決心した。(p.17)
-
しかし私は、ただひとり闇の中を歩むもののようにゆっくり行こう、すべ
てに細心の注意を払おう、と決心した。そしてそうすれば、たとえ少ししか進め
なくても、せめて倒れることだけはまぬがれるだろう、と考えた。のみならず私
は、理性に導かれずに前から私の信念の中へ入り込んでいた意見のどれをも、は
じめから一挙に投げ捨てようとは思わなかった。それに先立ち、まず十分な時間
を費して、自分の企てる仕事の計画を立て、自分の精神が達しうるあらゆる事物
の認識にいたるための、真の方法を求めようとしていたのである。(p.25)
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たとえ一度でもそれからはずれまいというかたい不動の決心をさえするな
らば、次に述べる四つの規則で十分である、と信じた。(p.27)
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第一は、私が明証的に真であると認めたうえではくてはいかなるものをも真とし
て受け入れられないこと。いいかえれば、注意深く速断と偏見とを避けること。
そして、私がそれを疑ういかなる理由ももたないほど、明晰にかつ判明に、私の
精神に現われるもの以外の何ものをも、私の判断のうちにとり入れないこと。
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第二は、私が吟味する問題のおのおのを、できるかぎり多くの、しかもその問題
を最もよく解くために必要なだけの数の、小部分に分かつこと。
-
第三、私の思想を順序に従って導くこと。最も単純で最も認識しやすいものから
はじめて、少しずつ、いわば階段を踏んで、最も複雑なものの認識にまでのぼっ
てゆき、かつ自然のままでは前後の順序を持たぬものの間にさえも順序を想定し
て進むこと。
-
最後には、何物も見落とすことがなかったと確信しうるほどに、完全な枚挙と完
全な枚挙と、全体にわたる通覧とを、あらゆる場合に行なうこと。
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人の価値とは、その人が得たものではなく、
その人が与えたもので測られる。
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ゲームのルールを知ることが大事だ。
そしてルールを学んだあとは、
誰よりも上手にプレイするだけだ。
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結果というものにたどりつけるのは、
偏執狂だけである。
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狂気。
それは、同じ事を繰り返し行い、
違う結果を予期すること。
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真実とは、
経験という試練に耐える物のことである。
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理詰めで物事を考えることによって、
新しい発見をしたことは、
私には一度もない。
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私の成功の秘訣がひとつだけあるとすれば、
ずっと子供の心のままでいたことです。
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調べられるものをいちいち覚える必要などない。
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他人のために尽くす人生こそ、
価値ある人生だ。
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物事はすべて、
出来るだけ単純にすべきだ。
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自分自身のことについて誠実でない人間は、
他人から重んじられる資格はない。
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人生は退屈すれば長く、
充実すれば短い。
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成功という理想は、
そろそろ奉仕という理想に、
取って替わられてしかるべき時だ。
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平和は力では保たれない。
平和はただ分かりあうことで、
達成できるのだ。
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私は何ヶ月でも、何年でもひたすら考える。
九十九回目までは、答えは間違っている。
百回目でようやく、正しい結論にたどり着く。
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我々の直面する重要な問題は、
その問題を作ったときと同じ考えのレベルで、
解決することはできない。
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自分自身の目で見、
自分自身の心で感じる人は、
とても少ない。
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人生とは自転車のようなものだ。
倒れないようにするには、
走らなければならない。
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普通と言われる人生を送る人間なんて、
一人としていやしない。
いたらお目にかかりたいものだ。
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間違いを犯したことのない人というのは、
何も新しいことをしていない人のことだ。
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私は先のことなど考えたことはありません。
すぐに来てしまうのですから。
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どうして自分を責めるんですか?
他人がちゃんと必要な時に責めてくれるんだから、
いいじゃないですか。
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人間性について絶望してはいけません。
なぜなら私達は人間なのですから。
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何かを学ぶためには、
自分で体験する以上にいい方法はない。
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第三次世界大戦はどう戦われるか、
わたしにはわかりません。
しかし、第四次大戦ならわかります。
石と棒を使って戦われることでしょう。
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人間にとって最も大切な努力は、
自分の行動の中に、
道徳を追求していくことです。
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賞賛による堕落から逃れる方法は、
ただひとつ。
仕事を続けることである。
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私は、一日100回は、自分に言い聞かせます。
わたしの精神的ならびに物質的生活は、
他者の労働の上に成り立っているということを。
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神の前で人間は等しく賢明であり、
神の前で人間は等しく愚かである
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成功した人間になろうとするな。
価値のある人間になろうとせよ。
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人生における成功をA、
仕事をX、遊びをY、
口を閉じることをZすると、
A=X+Y+Zが成立する。
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学べば学ぶほど、
自分がどれだけ無知であるかを思い知らされる。
自分の無知に気付けば気付くほど、
よりいっそう学びたくなる。
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私は頭が良いわけではない。
ただ人よりも長い時間、
問題と向き合うようにしているだけである。
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過去から学び、今日のために生き、
未来に対して希望を持つ。
大切なことは、何も疑問を持たない状態に、
陥らないようにすることである。
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人生にはたった二つの生き方があるだけだ。
一つは奇跡などないかのような生き方、
もうひとつは、まるですべてが奇跡であるかのような生き方だ。
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われわれが進もうとしている道が、
正しいかどうかを、
神は前もって教えてはくれない。
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知性は、方法や道具に対しては、
鋭い鑑識眼を持っていますが、
目的や価値については盲目です。
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学校で学んだことを、
一切忘れてしまった時になお残っているもの、
それこそ教育だ。
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無限なものは二つあります。
宇宙と人間の愚かさ。
前者については断言できませんが。
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常識とは十八歳までに身につけた、
偏見のコレクションのことをいう。